第116号:なぜ、引き継いだ会社の社員を信用できないのか?

にこやかな表情で会話をしていたと思っていたら、あっという間に苦虫を噛み潰したような表情へと変化させた話題は、「社員が信用できない」でした。「親父がいい人たちだ!と言っていましたが、僕には信用できる人たちには思えないです。」と心の奥に溜まっていた「任せきれない」「心からは頼れない」そんな感情が噴出しました。
社員の言動一つひとつが「自分に対する評価」に感じられ、過敏に反応しているようでした。「この人たちは、自分を認めていない」「先代の方が良かったと思っている」「会社を売られると思っている」という猜疑心が心の中に居座っています。
一方で、社員たちは、「前の社長は、こうしていた」「前の社長ならこのように考えていた」というこれまでの経験が染みついているのではないでしょうか。先代経営者との結びつきが強ければ、後継者に対する警戒心はとても強くなります。
特によく耳にするのが、先代社長が“現場主義”や“家族的経営”を重んじており、後継者が合理性や変革を求めて舵を切ろうとすればするほど、社員との間に溝が生まれてしまうという話です。社員にしてみれば、「うちの会社らしくない」と感じ、無意識のうちに新社長を外様のように扱ってしまいます。
事業活動において、経営者と社員との間に築かれる「信頼」と「信用」は、組織の健全な成長に欠かせない基盤です。信用とは、主に制度やルール、実績に基づいた「約束が守られるだろう」という合理的な予測であり、たとえば給与の支払いや評価制度の透明性、成果に対する公正な処遇などがその土台となります。
一方、信頼とは、相手の人柄や誠意に対して「この人なら大丈夫」「自分の努力を見てくれている」と感じる心理的な安心感であり、長期的な関係やチームの強化に必要不可欠な要素です。経営者が社員の成長を本気で願い、誠実な対話を重ねることで、社員は経営の意図に共感しやすくなります。
信頼と信用はどちらか一方では成立するものではなく、両面が必要不可欠です。ビジネスの現場では「信用関係」よりも「信頼関係」という言葉が多く使われます。信用は実績や契約といった客観的な根拠に基づく一方、信頼は相手の人柄や誠意、共感など主観的な関係性に根ざしています。そのため人が動く場面では、感情的なつながりを含む「信頼関係」が重要視されます。
社員を信用できない。この言葉は決して後ろ向きの感情でありません。むしろ、組織をより良くしたいという経営者の誠実さの裏返しでもあります。その誠実さが空回りすると、やがて孤独と怒りに変わっていきます。
今、必要なことは、「信頼できる人材を探すこと」ではなく、組織の仕組み、対話のスタイル、視点の持ち方を見直すことこそが、本質的な突破口となります。「信用できる人材を育てる」ことよりも、「社員を信用せざるを得ない仕組みをつくる」ことが、結果的に社員を信用できるようになります。
社員との信頼関係は環境によって醸成されるという事実を、多くの経営者は忘れがちです。人材マネジメント、人事評価制度で注目されているのが、「評価軸の一貫性」です。経営者の評価が場面ごとに変わる、感情によって左右される、といったことがあると、社員は「何を信じて頑張ればいいのかわからない」と感じるようになります。
これは、「社員が経営者を信用できない」と感じる原因の一部を構成しています。なぜなら、信頼とは「未来に対する予測可能性」であり、それは経営者の姿勢や判断にも表れるからです。社員からの信用を得るには、まず経営者自身が「信用される判断軸」を持ち、それを貫くことが大切です。
最後に伝えたいのは、「信用できない」という気持ちは、経営者が悪いわけでも、社員が劣っているわけでもありません。むしろ、それは会社が次のステージに向かうための成長痛のようなものです。信頼できる人材がいないのではなく、「信頼を育てる仕組み」がまだ整っていないだけです。
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