第57号:内定者の両親を巻き込む経営手法の行方

 内定先を1社に決めきれずに悩んでいる学生が増えています。複数社から内定をもらったのはいいけれど、就職先を決められない学生たちが存在しています。友達、先輩、先生、両親などに相談し、最も影響を受けるのが両親の意見となっています。

 親の意向による内定辞退を防ぐために、親御さん向けの説明会、資料、電話連絡などといった手をつくして、入社の確約を得ようと試みている企業が注目を集めています。

 採用担当者の立場を考えれば、万が一、採用予定数が確保できなかった時の言い訳の材料になるのではないかと思いますが、傍から見ていると悪手に映ってしまいます。偏った見方だと批判を受けるかもしれませんが、内定者自身が解決しなければいけない事柄に、お節介な企業がしゃしゃり出てきて、「人生を決める」支援だと託けて親御さんを唆しているように見えてしまいます。

 もちろん、採用担当の方々の仕事に対する純粋な思い、「採用数絶対確保!」するという強い意気込みや認知度を上げたいという熱意は理解しているつもりです。学生たちの生の声を聞きながら編み出した戦法が、「オヤカク(親から内定同意の確約を得る)」であれば、創意工夫をしたという点は評価されるのではないでしょうか。

 一方で、この内定者は、就職先を決定するという人生課題と向き合う機会を奪われてしまったのではないでしょうか。就職先を決めるという行為は、これまでにないほど自分のことを知り、無知、無力さを突きつけられることもあります。納得がいこうがいくまいが、手にした駒で行き先を決めていくことです。

 1社に絞りこんでいくには、働くうえで大切にしたことなどの判断軸が必要です。迷い悩み相談して、また悩むことの繰り返しです。ここできちんと悩みぬけば、誰に反対されても、きっと反論できるだけの切り口を得ているはずです。ところが、上述したように両親や企業の関わりによっては、面倒なことから解放される術を学習してしまうのではないでしょうか。

 こうした手法を取り入れていることを攻めているわけではありません。ただ、誘導的に行き先を決定させる行為は、ひ弱な社員を増やすことに繋がるのではないかと危惧しています。「親の敷いたレールを歩く」、「親の意向に従う」ということに全く疑問を持たずに生きている人たちはたくさんいます。その良し悪しは、本人に考えてもらうとして、経営者が考慮にいれなければならないのは「他律性」です。

 従順さ(反抗心のなさ)は、社長や周りの社員から可愛がられます。しかし、年次が上がるにつれ、「ちょっとは考えて仕事して」と冷めたい視線を注がれることがあります。職歴があがれば、要求水準が上がるのは当然ですが、そこにたどり着けない社員が現れてしまいます。

 どれだけマニュアル化されており、システマチックに機能していたとしても、業務が動いていれば課題や問題に遭遇します。それを解決していくには、「自分なら××する」という××を決めなければなりません。これは、勉強ができる、偏差値が高いなどとは全く関係がありません。「何を解決すべきか」を問われた時に、動けなくなってしまうのが「他律性」です。

 企業の中堅社員は、「僕は、親の意向に逆らわないことを決めて生きてきました。自分で物事は決めないと決めたので、上司に言われたことをしっかりとやります。」と宣言している姿を見た時に、服従という思考停止の恐ろしさを痛感しました。

 企業における人事施策は、短期的な成功と長期的な成功の辻褄が合わないことが多々あります。こうした不整合の修正に最も適している人材はどなたですか?