第95号:後継者が先代を超える思考

 「僕は、やる気がなくて、能力も低い社員たちと一緒に働くことが嫌なんです」と親御さんから経営を引き継いだ方の一言です。事業継承した方の話をお聞きすると、これまでの経営に対する意見や不満を口にされる方々がいます。様々な事情があって後を継いでいるとは思いますが、言うことを聞かない社員に愛想を尽かしているようでした。

 他の誰かが築き上げた組織の運営を任されることは、後継者に限ったことではありません。サラリーマンであれば、畑違いの部門への異動は珍しいことではないです。その中で、人を動かす方法を模索しながら、自分なりの解を導き出していきます。

 後継者たちの話を聞いていると、先代とは異なるやり方や考え方を持ってはいるものの、それを理解してもらえない苦悩を感じます。経営者である自分の主張を受け入れてもらえないことは、屈辱的なことだったと思います。そうした環境に耐え兼ね、新たな事業を展開していく経営者を見かけます。

 それを否定するつもりはありませんし、経営者が考える最適解であるならば、それはそれでよいと思います。しかし、別の見方をすると「リーダーとしての器量を鍛える場から逃げた」ようにも映ります。つまり、経営者としての能力を養う機会をみすみすと手放したのではないかと感じることがあります。

 この数年、事業継承の失敗例を様々なメディアを通じて見てきていると思います。「地位を手にすれば、権力を行使すれば人が動く」、「古いビジネスモデルを捨てれば、儲かる」、などといったように、自社の事業と運営方法を見誤ったことで大きな問題を起こしました。

 報道で取り上げられた後継者たちが成果を出すために実践した方法は、他社での成功事例を取り入れており、賛否はあるものの一定の成果を生み出すことができる可能性があるものだったと思います。それにも関わらず、事件や事故につながってしまったのは、一言で済ませてしまえば「経営者自身のキャパシティーを超えていた」ということです。

 「親よりも優れている」、「一刻も早く成果や結果を出したい」という自尊感情を抑えることが難しかったと思います。先を急ごうとすればするほど、冷静さを失い、ビジネス環境の見極めや起きている事態への対応を誤ってしまうものです。

 先代が築き上げてビジネスには、それなり理屈があるはずです。それを時代に合わないと一蹴することは簡単なことですが、より慎重に考えればならないことがあります。それは、自社の事業に適合するのかを見極めることです。

 つまり、同じ事業をしていても、成し遂げようとすることが異なれば、使う手法や手段が異なるのは当然のことです。やるべきことは、「売上」「利益」を設定すればいいと思いがちですが、それは早合点です。ここでお伝えしたいことは、経営目的、実現したい未来などと言った類のことです。

 小売業を営んでいる経営者3人。「A社長は、実績を上げてうちの店をもっと知ってほしい」「B社長は、社員が安心して生活できる会社にしたい」「C社長は、うちの店にくれば困ったことが解決する店を作りたい」と三者三様の目的があります。

 その目的に応じた事業展開や運営をしているはずです。それを知ろうとせずに、やりたいことだけを言っても反発されるのは当然のことです。集団を動かしていくには、実現したいことがはっきりとしている方が、それを達成する意味や価値への共感が高まることは確かです。

 経営者自身がやりたいことができない時こそ、リーダーとしての胆力を試されるのではないでしょうか。

 あなたの会社(部門)は、何を実現しますか?