第88号:意外と知らない企業存続に必要なビジョン


 「大野さん、パーパス経営を推進するコンサルティングした方がいいですよ」とアドバイスをくださったのは、ある大手企業の人事担当者の方でした。詳しく聞いてみると、流行っているので自社での導入も検討したいからチャレンジしてみたらどうかという打診でした。

 ご存じの通り、パーパスとは「目的・意図・意思」で、事業における「存在意義」や「志」を浸透させることで組織を効果的に機能させていくものです。経営理念、ビジョン、パーパスと経営に関わる手法や用語は続々と生まれていきます。

 その都度、新たな試みやその有用性を検証することができるのは、大手企業のメリットなのかもしれません。一方で、こうした経営における上位概念、その浸透を検討するに値する人材を甘く見積もってしまう経営者が一定数存在しています。

 不確実性の時代となり大きな変革を迫られている企業が増えていますが、「自社がどこへ向かうべきか」「どのようにしてそこへ到達するのか」「そもそもわが社はどのような存在なのか」を把握することから始める必要があります。これらと向き合うことができるのは、経営者や経営層です。

 ところが、「担当者に任せておけばいい」「若い人たちの意見を大切にしたい」「次の時代を担う世代に任せたい」と本筋に関わることを避ける方々が少なくありません。それには大きな理由がありますが、皆さんはお分かりですか。

 至って簡単な話ですが、組織の方向性を考えるというのはとてつもないエネルギーが必要です。また、今ある組織は創業者や先輩たちが築き上げてきたものであり、それを時代に合わせて変えていくことは膨大な労力と経営資源の投入が必要となります。

 長年サラリーマンとして勤め上げた経験をお持ちの方なら、自ら進んで踏み込んではいけない領域であることをよく知っているはずです。「とりあえず、ごはんを食べることに困らない程度に稼げれば…」と考えている人では、人生を掛けて創業した経営者、会社を潰さないと覚悟を決めて事業変革を推し進めてきた先人たちの思いを引き継ぐことは難しいと思います。

 腹は括れないけれど、現状を放置して衰退していくわが社を受け入れることもできないから「社員研修でもやるか」という流れに落ち着いてしまいます。それが吉と出るのか凶と出るのかは分かりませんが、経営に携わる方々が何をよしとするかが「会社の未来」を築くことに変わりはありません。

 つまり、ミッション、ビジョンを描く、浸透させるというのは経営者や経営層が取り組むべきことであり、担当者に丸投げできるようなことではありません。ある経営者が、「大野さんね、ビジョンはなくてもごはんは食える」と豪語していったことがあります。

 確かに、今日明日困ることはないと思います。意地悪な表現になるかもしれませんが、将来のありたい姿、目指したいゴールを設定することは、「末永く社会(顧客)から必要とされる会社であり続けます」という決意表明のようなものです。ですから、それをしないことの意味を理解しないということは、「いつ市場から排除されても大丈夫です!」と宣言しているよう聞こえてしまいます。

 どこに行くのか分からないけど、とりあえず旅に出るのは夢があるのかもしれません。潤沢に資金があり、余裕があるならそれでもいいと思います。しかし、一般的にはこうしたスタイルを貫いて、あてのない冒険を続けることは難しいでしょう。

 道順を一切間違えずに進むことが目的ではありません。どこに向かっているのか、何を成し遂げようとしているのか経営者が再確認し、物事を決めていく基準がぶれないことが大事なのではないでしょうか。

 あなたが会社を通じて、果たすべき使命はなんですか?