第5号:社員が育つ会社にするために、社長が自問すべきこと

 とある業界の社長数名と人事に関する学びの場を設けた時の話です。ある社長が、「社員たちがこういう勉強会に出れば、もっといい仕事ができるようになる!」という声を上げました。その後、社長たちはみなで連携し、業界に精通した外部講師を招き勉強会を開催することにしました。各社の社長とその部下数名で、業務に必要な知識を習得しているとのことでした。

 「勉強会はすごくいいんですよ。だけど、参加した社員たちが業務を批判するようになってしまい、すごく面倒なんです。業務の指示を出すと食ってかかってくる感じで、いらいらします。今のところは聞き流していますけど、こういう社員の反抗心を抑える方法はないですか?」という相談を受けました。

 勉強会に参加した社員たちは、業務に関する知識レベルを高めた。その結果、業界内での水準と比較して、自社には現状に対する課題があることを認識し、社長に指摘した。ところが、社長への筋の通し方も、解決するための手立ても、上手く伝える術もない。それ故、社長の怒りを買っているということです。

 これは言うまでもなく、過去、社員たちに仕事を円滑に進めるための方法や作法を教えてこなかったことが、表面化しただけです。

 ところが、こうした事実に目を向けずに、勉強しに行かせてやったのに、批判ばかりされてと腹を立ててしまう。推測になりますが、批判は悪であり、社長である自分の指示や命令に口ごたえするなんて生意気だと憤る。こうした感情の背景には、部下に従順さを求め、口答えせず、与えた機会には感謝すべきであるという部下像を描いている可能性があります。

 人は見たいものを見たいようにしか見ません。聞きたいことを聞きたいようにしか聞きません。それは、信念、立場、経験、興味、関心…といったフィルターを通して物事を捉えるからです。上記の例からも分かるように、人は事実に反応するわけではなく、フィルターを通し認識したように反応を示します。

 社長自身がそのフィルターを知ることは、経営における意思決定の精度を高める上で極めて重要な意味を持ちます。起きている事柄に対して、肯定か否定か、それはなぜか、とさまざまに自問を繰り返す。そうして、譲れないこだわり、かくあるべき事、など自身のフィルターの特徴を把握することは、見なければならない重要事項の見逃しを防ぎます。

 人を育てる上で、社長の物の見方や考え方が大切とお伝えました。さらに付け加えるなら、「自社の人材」について掘り下げて考察する必要があります。うちの社員はレベルが低いと一言でいうのはすごく簡単なことですが、そのレベルとは何を指しているかが分からなければ、強化策が出せません。

 例えば、知情意という言葉があるように、知識や知恵を鍛えてほしいのか、情味を豊かにしてほしいのか、意思や志を持ってほしいのかなど、それによって成長を後押しする方法が大きく異なります。これは、どのように事業を展開していくのかということと密接に関わる重要な課題です。

 つまり、事業を推進するうえで、「社員たちに何を求めているか」「何を期待しているのか」という人材への要望を明確化しなければならないということです。人が育たないという問題が解決しない要因の1つに、この観点を軽視して、都合よく使える人を重宝することがあります。

 面白いことに、都合よく使われている人材には似通った部分があります。社長の言うことをなんとなく理解し、体裁を上手く整えることができる。ところが、難しいことから逃げる、人望がない、小手先の器用さでその場を乗り切るといった特徴があります。それでは、職場を管理するだけの実力も度量も身につくわけがありません。

  人が育つ会社、人を育てる会社とは、詰まるところ社長の考え方がすべてです。これから先、どのような会社を目指し、どのように事業を推し進めるか、そのためには、どのような人材が必要なのかといった体系立てて、絵を描くことが必要不可欠です。人材の資産価値を高める視点は、社長自身が育んでいくものでもあります。社長自身の人材観、事業と人材についてご自分なりの解を見出してみませんか?