第123号:人を見る目が会社の命運を分ける

 「独立した時についてきてくれた社員は、なんだかんだあっても、ずっと支えてくれたから任せたいって思うものなんだよ。」とコンサルティング中にある経営者が発した一言です。経営者の多くは、そんな期待をもとに幹部登用を決めることが多いのではないでしょうか。

 部下に期待すること自体は、悪いことではありません。経営者にとって、自社の人材に可能性を感じること自体は自然な感情です。しかし、「期待しているから幹部にしたい」という感情ベースの登用は、ミスマッチを生むことがあります。

 企業には企業ごとに、達成すべきビジョンや市場戦略、競争環境、技術的優位性、組織構造の事情があります。経営戦略はそれらの総体として構築されます。そして、幹部に求められる資質は、その戦略と切っても切れない関係にあります。

 例えば、トップダウン型で急成長を狙う企業においては、迅速な対応力、成果を出し続ける持続力、部下を上手く束ねていける胆力が求められます。一方で、継続的な改善と安定運用が求められる企業では、着実に物事が進む計画性、間違いのない判断力を必要されます。このように、求められる「幹部人材像」は企業によってまったく異なります。

 期待という言葉の裏側には、経営者自身の「こうなってほしい」「この人に報いたい」という感情が色濃く反映されていることがあります。これは、未来への願望であり、ある意味では希望的観測に近いものです。しかし、その願望が強すぎると、現実の資質や実行能力とのギャップを見落とす危険が生じます。

 幹部社員の登用には、冷静な現状分析や戦略実行に必要な要件との照合が必要不可欠です。こうした手間を惜しみ、感情や感覚で判断すれば、経営者が思い描いていた未来から乖離していくのは時間の問題となります。期待とは、信頼や愛着の証でもあるが、戦略判断の基準にはなりません。

 経営者が考えるべき幹部候補の資質について考えたことはありますか。あるIT系ベンチャー企業の創業は、「信念」だと言います。また、別のIT企業の経営者は、「仲間意識」だと言います。どちらの見解も間違いではないでしょうし、経営に必要な要素の1つではあります。

 それとは別に、事業を発展させていくための資質を見極めるには、戦略実行に不可欠な評価軸を持つことが必要です。例をあげるならば、以下のような観点があります。
 ・新しい市場や未経験の領域に対して、仮説を立て、検証と修正を繰り返せるか
 ・部門間の立場の違いや利害対立があっても、折り合いをつけることができるか
 ・思いつきや感覚ではなく、数字や事実に基づいて冷静に物事を進めることができるか
などというように、幹部社員が担うべき仕事が遂行できるかが、評価する最大の鍵になります。

 多くの経営者が犯すもう一つの誤りは、「誠実でまじめ」「人望がある」「自分に忠実」な人材を幹部候補にしてしまうことです。確かに、社内でトラブルを起こさず、安定して業務を遂行できる人材は貴重です。しかし、それだけでは「未来を創る力」にはなりません。

 幹部候補に本当に必要なのは、それは必ずしもいい人であることとは一致しないでしょう。むしろ、幹部とは時に嫌われ、現場の常識を否定する役割を担っています。「優しさ」や「忠誠心」だけでは、経営者の右腕になることは難しいです。

 幹部社員を選びにおいて、誰を選ぶかということに意識が向いてしまいます。しかし、本質的には「何を基準に選ぶか」が先にある方が会社の将来を考える上では、重要になります。自社の事業、将来展望に見合った資質や能力の定義がなければ、登用は感情的・属人的なものになり、組織の一貫性を失ってしまいます。

 幹部に登用するということは、自社の永続性を問い、組織の司令塔を科学的に選ぶ行為です。その判断には、忠誠心や努力ではなく、実現的な視点が求められます。

 あなたが幹部社員にしたい人は、自社の何を実現できる人ですか?