第144号:属人的な現場が変わらない本当の理由

「あの人がいないと仕事が止まる」職場の現実

「あの人が休むと仕事が回らない」という社員からの声を、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。現場は回っているけれど、特定の社員に頼り切った危うい均衡の上に成り立っているということもあります。

引き継ぎもしているし、マニュアルもある。しかし、どちらも形だけで、「結局、あの人に聞いた方が早い」という空気が、いつの間にか会社の常識になっている。そんな状況に心当たりはありませんか。

多くの経営者が「仕組み化しよう」「標準化しよう」と口にします。しかし、思うように現場は変わらない。なぜか。その理由は、現場ではなく経営の信頼構造の中に潜んでいます。

「できる人」への信頼が、属人化を生む構造

多くの会社では、「あの人がいないと困る」「あの人に任せておけば安心だ」と言われる社員がいます。経営者にとっても頼もしく、現場を支える要のような存在です。しかし実は、この「できる人」への信頼こそが、属人化の出発点になっていることが少なくありません。

経営者は、成果を出す社員を信頼し、その人にどんどん仕事を任せます。周囲も、「あの人が一番わかっている」と判断を委ねるようになります。すると、仕事の流れや判断基準はその人の頭の中に集中し、気がつけば「その人しかできない仕事」が社内に増えていきます。

しかも、「できる人」ほど責任感が強く、自分のやり方を守ろうとします。結果、他の人が入り込めず、引き継ぎもうまくいかない。経営者も「忙しいから今は仕方ない」と、その状況を容認してしまう。こうして、善意と信頼から始まったはずの関係が、いつの間にか人に依存する構造を生み出してしまうのです。

属人化とは、怠慢ではなく、信頼の偏りによって生まれる現象です。
だからこそ、現場を責めても意味がありません。
経営者自身が「信頼の設計」を見直すことが、変化の第一歩になります。

経営者が見落とす「属人依存の仕組み」

属人化の本質は、“人の問題”ではなく“設計の問題”です。
まず、役割の線引きに曖昧さがあります。「誰が最終責任を持つのか」「どこまでやれば成果と呼ぶのか」が明確でないと、社員は自分の経験や勘に頼らざるを得ません。
次に、判断の属人化です。意思決定が上司や社長の意向に依存していると、現場は「考えるより聞いたほうが早い」と学び、判断力を失っていきます。
さらに、信頼の設計ミスも見逃せません。「任せる」とは、放任することではありません。「任せても崩れない仕組み」を作ることこそ、本当の信頼設計です。属人化を放置する会社ほど、実は経営者自身が最も属人的になっているのです。

現場を変える3つの経営行動

現場の属人化を本当に解消するには、「仕組み」より先に「経営の構え」を変える必要があります。
その第一歩は、次の3つです。

1. 「人の腕」ではなく「仕事の型」をつくる
優秀な人を増やすことより、誰がやっても成果を出せる仕組みをつくること。
属人化の真逆は「再現性」です。

2. マニュアルではなく「判断基準」を共有する
やり方を教えるのではなく、“なぜそのやり方なのか”という理由を共有する。
判断の軸が共有されれば、現場は自律的に動き始めます。

3. 指示ではなく「設計」に時間を使う
社長の指示で動く会社から、仕組みで動く会社へ。
現場が迷わず動ける仕組みを作ることが、経営者の新しい仕事です。

属人化は“現場の病”ではなく“信頼の偏り”

属人化とは、「あの人がいないと回らない」状態ではなく、「その人がいないと不安になってしまう」という「関係の構造」です。多くの会社で起きているのは、信頼が「人」に集中しすぎています。それは、経営者が社員を信じてきた証でもありますが、同時に「信頼の仕組み」を整える余地があるということでもあります。

あなたが「一番頼りにしている社員」は、本当に企業力を上げる存在になっていますか?