第59号:経営者が知らないでは済まされない馬と鹿の法則

 「大野さん、ある大学の先生からご相談を頂いている案件があるんだけど、どうしたらよいかアイデアをくれない?」とサラリーマン時代に上司から依頼された時の話です。話を聞いているうちに、フツフツとこみ上げてくるものがあり、それを抑えることができなくなってしまいました

 相談された案件は、入試時における評価項目の設定に関することでした。高度専門職を輩出する大学で、卒業生のその後の活躍に関する課題でした。そこで着目したのが、入試の合格者です。女子の割合が多く、結婚・出産・育児で就労期間が短くなるし、戦力にならないから女子の合格者を減らす術を持ちたいとのことでした。

 こんなことを本気で考える人がいるの!と驚きました。あれから随分と歳月が経ち、同じような話が、医学部不正入試として女性たちから提訴されるという記事を目にし、世間知らずだった自分を恥じました。

 業界には業界の様々な慣行があり、みながそれを当たり前として引き継いでいきます。前例踏襲が得意な組織は、なんの疑いもなく、これまでのやり方を貫いていきます。一方で、それがいつまで通用するか見極めていくのが、経営者です。

 そこで重要となるのが、センスです。ここでいうセンスとは、ビジネス環境の変化に対する認識と混同してしまいがちですが、これは鋭い感度です。これまでの慣習を維持するための条件が、移行しつつある微妙な様子を感じ取れる感覚のことです。

 これを持ち合わせいる経営者が、非常に少ないことは言わずもがなです。では、感度が低いと思われる経営者は、打つ手なしかといえばそんなことはありません。慣習や慣行が変わらざるを得ないという状況というのは、世の中や時代が大きく変わろうとしている時です。そのような時には、あるものが大量発生するという法則があります。

 あるものとは、こらからの世の中を生き抜いていくには、変わらなきゃいけない!と息巻く「お馬さん」と、自分たちが築き上げてきたものが絶対的に正しいという主張を押し通す「鹿くん」が、うじゃうじゃと集まりだしてきます。「お馬さん」と「鹿くん」は、お互いに「視野の狭い奴だ」、「地に足をつけろ」と馬鹿にし合います。

 未来志向の「お馬さん」と現在志向の「鹿くん」では、考えている物事の基準点が違うわけですから、どちらの方が優れていると決めることは難しいでしょう。どちらの言い分にも、一理あるはずです。各々の立場から見えている事実や現実があり、これは言わなければいけないとかき立てられるものがあるでしょう。

 社内にお馬さんと鹿くんが大量に出没し始めた時は、組織の転換期を迎えているということです。要するに、社員たちの言動が目に付くようになったら、経営者はその声に耳を傾けると同時に、現実を正しく理解しなくていけません。

 と言いながらも懸念するのは、お馬さん・鹿くんが増殖していることに気がつかない経営者が続出していることです。特に権威性の高い組織や長い歴史のある会社では、社員たちの危機感や問題意識を経営者へと届ける仕組みが機能していないことがあります。

 中堅規模のとある社長が社員の生の声を聞きたいと言い、目安箱を社内に設置しました。それと同時に出回った噂話が、「あの箱にメモを入れると筆跡鑑定される」というものでした。この会社が意見の具申する社員たちに、どのような対応をしていたかがよく分かるエピソードです。

 知らならかったでは済まされない時代の転換点、それに気がつくにはセンスと同時に社員たちの声を吸い上げる仕組みが必要なのではないでしょうか。

 あなたが、そろそろ限界かもしれないと感じている慣例はなんですか?