第97号:他社に気づかれないうちに組織を強くする
「混乱しているけど、必ず元に戻るから心配しなくていいと、上司から言われました。大野さん、この言葉を本当に信じてよいのでしょうか」と質問されたことがあります。コロナ禍で出された緊急事態宣言中に、上司が部下たちを安心させようとした一言です。
上司が発した思いやりの一言、その言葉に疑念を抱いた社員は相当数いたはずです。時代が大きく動いていることを敏感に感じ取った社員たちは、「この会社にいても成長できない」、「この国にいても稼げない」と転職や海外移住をしていきました。
これまでに経験したことのない大量退職に、組織に残った社員や上司陣は動揺しました。不安、恐れ、憤り、開き直りと、組織の中にはネガティブな感情に染まっており、とても落ち着いて仕事ができるような状態ではありませんでした。精神的に不安定になる方や休職となる社員が、かなり増えたようです。
コロナ禍のように、誰もが想定していないような事態に陥ったその瞬間、人は意外にも冷静に状況を見ようとするものです。今、何が起きているのかをじっくりと観察し、様態を把握することに努めます。そして、世の中に日常が戻り始めた頃から、次第に気分の落ち込みや不安に悩む人が増えていきます。
このように事業環境が一変していく時、乗る船を乗り換える人、環境に適応しようと動き出す人、これまでのやり方に固執する人などが生まれてきます。そのため、皆の足並みが思うように揃わず、フワフワと宙に浮いているような感覚で仕事をしている人たちもいました。
個人の心の動きが関係していることですから、注意をしたらすぐに是正されるものでもありません。そこで重要となるのが、安心して働き続ける環境の提供です。世間では、上司と部下の面談を推奨しているようですが、そのことによって問題が深刻化する、業務負荷が増す、行き違いが生じる、などといった新たな課題が生み出してしまうことは珍しいことではありません。
経営者のみならず人を束ねて動かしていく立場にいる方々には、部下との関係を構築していくことが求められます。ここからお伝えするのは、単なる関係づくりではなく、部下の信頼を勝ち得る関係性についてです。
今のような時代の転換点にいる時には、自組織がどこへ向かおうとしているのか明示していくことがより重要になると考えています。常々感じることですが、これまでの常識では通用しなくなっているにも関わらず、どうすべきかを明示できる方に、なかなか出会うことができません。
誰かが出してきた案や異見に対しての批判や異論はあるけれど、自身が思い描く未来が不鮮明です。行き先が分からない上司の下で働く部下は、自分は成長できるのか、正しく仕事を評価されているのか、この人について行って本当によいのだろうかと、迷いが生まれてしまうのはある意味仕方のないことです。
上述してきたように、会社、部門、職場における安心感を生み出していくには、社員が不安だと感じる要素を理解し、かつ、それらが表面化しないうちに措置を打てることが必要です。この上司の下にいれば、何が起きても大丈夫だ、成長できると確信させることが必要なのではないでしょうか。
毎日の業務を管理することができる、業績を伸ばすことに長けている、忠実であるといった指標も大切ではありますが、任されている部門、職場の業務そのものが今後どのように進化していくのか、あるいは、それらにどのように立ち向かっていくのかを見出せる人材を据えていくことが、これからの時代を生き抜いていく上では重要になると考えています。
部下たちは、あなたのことを信頼していますか?