第149号:人を評価する視点が一つしかない会社は、なぜ伸び悩むのか

「人の問題」は、もう現場努力では解決できない
ある経営者と話をしていた際、人材が「採れない、育たない、定着しない」と困りはてていました。求人広告を出しても反応は鈍く、やっと採用しても数年で離職。残った社員も疲弊し、管理職は育たない。それでも多くの経営者は、自社内で何とかしようとします。
しかし、その前提そのものが、すでに時代とズレ始めている可能性があります。いま問われているのは、人事施策の巧拙ではありません。経営者が人を見る視点をどこに置いているかという、もっと根本的な問題です。
人事が「内向き最適」から抜け出せない理由
人事は長らく「現場管理の延長線」に置かれてきました。採用は欠員補充、育成はOJT任せ、評価は年功と感覚は、変わりつつあるものの、まだまだ多くの企業に根強く残っている部分もあります。
一方で、労働人口は減少し、働き手の価値観は多様化しました。人材市場は完全に売り手市場へと移行しています。それにもかかわらず、意思決定の基準が10年、20年前のままでは、結果が出ないのは当然なのではないでしょうか。
多くの企業で見られる失敗は、「社内で信頼されている人」に人事判断を委ねてしまうことです。現場理解は深いものの、視点はどうしても内側に閉じます。「うちではこれが普通」という前提が、静かに経営判断を縛っているのです。
人事の問題ではなく、経営判断の問題である
問題は、人事ノウハウの不足ではありません。経営者自身が社内の論理から抜けさせないことです。人は感情の生き物です。長年苦楽を共にした社員、創業期を支えてくれた幹部ほど、冷静な判断は難しくなります。これは経営者としての弱さではなく、人間として自然な心理です。
つまり、人材の問題とは、「見る目がない」という話ではなく、人を見る視点が限られてしまうということです。人事制度を変えても、評価シートを整えても、この構造が変わらなければ、判断の質は大きく変わりません。
判断を、一度“外の視点”にさらしてみる
近年、人に関する判断を一度立ち止まって整理する動きが出てきています。新しい制度を入れる前に、「自分たちは、どんな基準で人を見ているのか」を言葉にする。特徴的なのは、その作業を、組織の中だけで完結させない点です。
あえて異なる立場の視点を入れ、経営者自身の判断基準を問い直す。誰が正しいかを決めるのではなく、判断の前提を可視化することに力を注ぎます。
このプロセスを経ると、これまで曖昧だった違和感が、はっきりと形を持ち始めます。「なぜこの人に期待しているのか」「なぜこの人に任せていないのか」。その答えが、感情ではなく構造として語れるようになるのです。
判断軸が整理されたとき、組織は静かに変わる
ある企業では、人に関する判断基準を丁寧に言語化した結果、組織の空気が変わりました。これまで評価されてきたのは、「頑張っている人」「長く働いている人」でした。
しかし視点を整理すると、本当に必要とされていたのは、「どの役割で、どんな価値を発揮する人か」という観点でした。その基準が共有されることで、配置や昇格に対する納得感が生まれ、現場のスピードも上がっていきました。
人を入れ替えたわけではありません。変わったのは、人を見る角度が一つ増えたという点だけでした。
経営者一人で“人を見る”ことの限界
これからの時代、人材を経営資源として扱うほど、判断の精度が問われます。その一方で、一人の視点だけで人を見ることのリスクは、確実に高まっています。すぐに答えを出す必要はありません。まずは、こう問いかけてみてください。
「自分の人材判断は、どれだけ多くの視点にさらされているだろうか?」
この問いに向き合うこと自体が、組織を次の段階へ進める第一歩になるはずです。
経営者であるあなたは、組織の外から自分の人材判断を見直す機会を、どれだけ持っていますか。

