第153号:成長実感がない職場はなぜ利益率を下げるのか

 忙しいのに儲からない会社に共通する病巣

「大きなトラブルもないし、売上も堅調で、今は安心していられる」と話す経営者、その一方で、このような状態が危険なサインになることがあります。現場が上手く回るようになり、会議も滞りなく進む、荒れる社員もいない…職場の安定化を成し遂げたものの、社員の熱量が少しずつ落ちていくのは、致し方ないことなのかもしれません。

安定した状態は、「この会社で伸びていく自分」をイメージしにくくしてしまうことがあります。恐ろしいことに、「成長していく自分」を描けなくても多くの社員が辞めないことです。社員は退職せずに、現状に適応することを選んでしまいます。

成長実感がない職場、いわば現場のエネルギーが失われたまま回る組織は、いずれ確実にコスト高になります。改善が起きないのでムダが積み上がり、属人化が進むので採用と教育コストが増え、右腕候補が育たないので経営の意思決定が遅れます。

成長実感がない職場とは、社員の問題ではなく、経営の未来コストが膨らんでいく構造のことです。

成長が感じられない職場で起きている「見えない赤字」

朝礼で「安全第一」「品質第一」と唱えても、誰の目にも非がない。面談をしても、部下は目標の話を避け、上司は事実確認に終始する。会議では改善案が出ても、その場で拍手されて終わり、翌週には誰も触れない。新人はミスを恐れて確認回数が増え、その分だけ仕事が遅くなり、周囲の負担が増える。現場の誰かが悪いわけではない。けれど、同じことが何度も繰り返され、職場の内部に「積み上がらない感じ」が広がっていきます。

このとき起きているのは、生産性の低下です。ただし一般的な生産性の話とは違います。人は忙しく働いているのに、会社として賢くなっていない。経験が蓄積されない。仕組みが洗練されない。ムダが削れない。現場が毎日同じ苦労を繰り返し、“処理”だけが増えていく。こうして職場は「働いているのに前進しない」状態に入ります。

さらにこの停滞を固定化するのが、評価設計の曖昧さです。評価が「頑張っている」「器用に回している」「感じがいい」といった印象に寄るほど、社員は成長の方向を失います。努力が投資ではなくギャンブルになる。伸びたい社員ほど疲弊し、伸びなくてもよい社員ほど生き残る構図が生まれます。これが続くと、組織は停滞に最適化された集団へと変質します。

そして属人化が完成します。できる人に仕事が寄り、現場は短期的には安定する。しかしそれは経営者にとっての「安心」であると同時に、会社にとっての「危険」でもあります。できる人は疲れ、抱え込む。抱え込まれた仕事は仕組み化されない。仕組み化されない職場は、採用しても育たない。育たないから、またできる人が抱え込む。成長実感がない職場は、この悪循環が静かに回り続ける構造を持っています。

成長が設計されていない会社”の末路

ここで経営者が陥りやすい誤解があります。成長実感がない職場を見て、「教育が足りない」「若手の意識が低い」「管理職の力量が弱い」と考えることです。しかし本質はそこではありません。成長実感がない職場の正体は、社員の内面ではなく、経営の設計思想の不足です。

人は成長そのものによって動くのではなく、「成長していると確認できる仕組み」によって動きます。努力が進歩として見え、周囲にも認識され、自分の未来像につながっていく。その循環があるから人は伸びます。ところが成長実感がない職場では、努力しても進歩が見えない。頑張っても職能が積み上がっていく感覚がない。すると社員は挑戦しなくなります。挑戦しない職場はミスが減り、波風が立たず、管理は楽になります。

問題はここです。成長が設計されていない職場は、経営者にとって一時的に「楽」なのです。だから放置される。けれどその“楽”は、未来の企業価値を削る楽です。挑戦が消えると学習が消え、学習が消えると改善が消える。改善が消えた職場は、ムダを抱えたまま忙しくなり、利益率が落ちます。さらに右腕候補が育たないため、経営判断の負担は社長へ集中します。結果として社長は意思決定を遅らせ、現場はますます“変わらないこと”へ適応します。

成長実感は、社長の願いではない

成長実感がない職場が危ないのは、離職が増えるからではありません。離職より前に、会社が賢くならないからです。そして賢くならない会社は、採用で詰みます。魅力がないのではなく、選ばれる理由を語れない。現場が忙しく、教育の余裕がなく、伸びる実感がない職場に、優秀な人材は定着しません。ここまで来ると、問題は人事ではなく経営そのものになります。

あなたの会社は、社員の成長を「願っている」だけですか。