第119号:職場の自動販売機化が止まらない

「店員さんと話をしながら注文すると、楽しいんだよね。外食を満喫している感じするから」と、知人が食事中に話した一言です。確かに、最近の飲食業界では急激に「無人・省人化」が進みました。券売機式店舗やタブレット注文、ロッカー受け取り、冷凍惣菜の自販機販売など、一言も交わさずに完結する飲食スタイルが構築されました。
顧客のニーズや業態の違いがありますが、こうした提供形式へのシフトは、激変する経営環境に適応するための進化です。一方で、エネルギー補給するだけの場所といったスタイルは、食事に対する価値を低下させたのではないかと感じることもあります。これは、利便性と引き換えに「もてなす」という原点を外れた仕組みに見えます。
さて、このような構造は、企業の職場でも再現され始めています。便利さ、効率性、合理性を追求するあまり、職場から「人間らしさという余白」が失われつつあります。まるで、「自動販売機化する職場」と表現しても、大げさではないのではないでしょうか。
その背景には、制度・仕組み・時代的な要因が複合的に絡んでいます。まず、成果主義の誤解と行き過ぎがあります。本来、成果主義とは能力を正しく評価し、成果と報酬を紐づける制度でした。しかし、現場では「成果だけを見て、人間性やプロセスを評価しない」運用にすり替わってしまったケースが多々ありました。その結果、社員は「言われたことだけを最短距離でこなす」行動に最適化されました。
次に、マネジメントの形骸化です。多くの管理職が、目標と結果を「管理するだけ」の存在となりました。日々の報告・会議・進捗確認がルーチン化され、部下の内面や成長に関わる余裕を失いました。社員が自ら考える余地が奪われ、「考えること=無駄」「余計なことを言うと損」という空気が支配するようになりました。
最後に、テクノロジーの導入が対話の機会を奪っている現実です。チャットツール、オンライン会議、タスク管理ツールの導入により、効率は上がりました。無駄が排除されましたが、偶発的な会話や本音を吐露する機会は激減し、人間関係の希薄化を引き起こしています。
実際、組織が「自動販売機的」に動くことは、再現性が高く、業務が安定するというメリットがあります。マニュアルに従い、定型業務を確実にこなす社員は、一定水準の品質を安定して提供できます。属人化せずに回せるオペレーションは、多店舗展開や規模の拡大化を追求する経営にとっては魅力的です。
また、人間関係による摩擦が少ないという利点もある。過度な感情的な対立や、属人的な判断によるリスクを抑えるには、業務を仕組み化することが有効です。指示通りに動く社員は、「面倒がない」という点で、マネジメントしやすい存在でもあります。
一方で、この「自販機型組織」がもたらす弊害は、決して小さくありません。最も深刻なのは、社員が考えなくなることです。社員が受け身になればなるほど、以下のような症状が職場に現れます。
・報連相が減り、問題の兆候を誰も拾わない
・改善案や提案が出なくなり、変化に弱くなる
・部下がリーダーシップを発揮しなくなり、管理職が疲弊する
・不満や課題が水面下で蓄積し、突然の退職や無断離職が増える
「社員のやる気がない」「管理職が育たない」「指示待ち」などといった経営者の悩みごとは、社員個人の問題だけではなく、人事施策の設計ミスから発生している可能性があります。自動販売機のように、ただアウトプットを吐き出すだけの社員を増やしても、組織には知恵も文化も残りません。
言われたことだけできる装置を生み出していませんか?
価値を生む人材を育てませんか?