第121号:管理職は、なぜ「できの悪い社員」を評価するのか

 「誰がどう見ても問題だという社員がいます。人事として、退職勧奨した方がいいと何度も伝えているんですけど、社長ははっきりとしたことを言わないんです。現場からものすごいクレームが来るので、本当に大変なんです。」と人事部を統括している方が打ち明けてくださいました。

 「人事制度を導入したはずなのに、結果がついてこない。」「制度はあるのに、社員の成長が見えない。」「評価に対する納得感が社員にも、管理職にもない。」このような人事評価の機能不全に直面している企業は、決して少なくありません。特に中堅企業や従業員数100~500名規模の企業では、評価制度の「見た目」は整っていても、その運用面で課題を抱えているケースが多く見られます。

 制度と運用のギャップの象徴となっているのが、現場の管理職が「なぜか出来の悪い社員を評価してしまう」という現象です。このような状況について、経営者や事業責任者が知っておくべきことは評価制度の根本的な課題と対策についてです。

 人事評価が「甘くなる」理由は、3つの根本原因が考えられます。まず、管理職が低評価をつけない理由の大半は、「低評価の手間と摩擦を回避したい」という心理です。評価に厳しさを持ち込めば、その後の面談・説明・指導が必要になり、精神的にも時間的にも負荷が増します。

 人事部との調整、メンタル不調への配慮、パワハラの誤解など、避けたい理由は多岐にわたります。その結果、平均主義的な評価で済ませる「無難な運用」が組織に広まり、成果を出していない社員がなぜか高評価を得るという逆転現象が起きます。

 2つ目に、管理職の「人事に対する知識や能力」が未成熟であることです。評価制度の設計は外部コンサルタントに任せられても、運用は管理職に委ねられています。しかし、ほとんどの管理職は「人を評価する力」「納得感ある対話をする力」「数値に表れない貢献を見抜く目」を体系的に学んでいません。

 多くの評価者研修は、目標設定や業績目標における内容を重視しがちで、人材をどのように評価し、その結果をどのように活用するかいう視点が乏しいのが現実です。そのため、評価が単なる点数付けに終わり、育成や配置といった経営上の意思決定に十分に活かされていません。

 3つ目に、経営戦略との連動がない評価制度になっていないことです。評価制度は、本来的には経営戦略を人事に落とし込むための道具です。しかし、多くの制度設計は現場任せであり、経営者の考えが反映されていません。何を評価するのか、どんな人材を将来に残したいのかといった核心部分を経営者が語らず、制度だけを整えてしまうと、運用は現場の「感覚」に任され、方針がブレます。

 このように、人事制度が形骸化すると、組織のパフォーマンスは確実に低下します。そして、以下のような事象が連鎖的に起き、組織と社員の間にある信頼関係を蝕んでいきます。

  • できる社員の離職:「どうせ頑張っても評価されない」と感じた社員から辞めていく
  • 新陳代謝の停止:配置転換や育成機会が不平等になり、組織の流動性が止まる
  • 現場の沈黙:「変えようとすると面倒」と皆が問題提起しなくなる

 制度改革を試みる企業が多いですが、実際に成果が出るかどうかは評価する人にかかっています。評価者である管理職が成長しなければ、どれだけ制度を入れ替えても状況は改善されません。ここに必要となるのが、「人事リテラシーの再構築」です。管理職が身につけるべきは以下のようなスキルです。

  • 成果と行動の切り分け
  • 成長可能性を見極める構造的視点
  • フィードバックを通じた育成と関係構築

 こうした力は一度の研修では育たず、経営が主導する仕組み化と実践のサイクルが不可欠です。

 人事評価制度は、経営の価値観を社員に伝える最も強力なメッセージ手段です。「評価される基準は何か」が明確になれば、社員は組織の方針と自分の行動を一致させやすくなります。逆に、何が評価されるかわからない職場では、モチベーションも行動の精度も下がります。

 経営者が「どんな人材を評価するのか」を語らずして、現場が正しい判断をすることは不可能です。

 あなたの会社で評価されているのは、「成果」ですか?それとも「波風を立てないこと」ですか?