第147号:育成の失敗は“人”ではなく“構造”にある

経営者が見落とす最初の兆候
「なぜ、優秀な人ほど辞めていくのだろうか。」「なぜ、現場は回っているのに、組織全体の成長速度は上がらないのだろうか。」「なぜ、社員育成に投資しているのに、同じような壁にぶつかるのだろうか。」
こうした問いに、多くの経営者が共感を覚えるのではないでしょうか。日々の現場対応が優先される一方で、人材育成が重要性を理解しつつも、緊急度の低さを理由にいつか手をつけようと後手にしています。しかしその判断が、気づかぬうちに利益・成長率・事業の再現性を奪い続けているのです。
現場は動くのに組織が育たない
人材が育たない企業には、驚くほど似たパターンがあります。まず、OJTが唯一の育成手段となり、育成の成否が「教える人の力量」に依存しています。この属人的プロセスは、短期的には現場対応のスピードを生みますが、長期的には人材の成長速度を大幅に落とします。
また、教育投資の費用対効果が測れないため、施策が単発になりやすいです。そして現場に戻ると、学んだ内容が実務と連結されないまま「自己責任の学習」として消費されていきます。この構図が繰り返される限り、育成施策は「数字に出ない支出」とみなされ、さらに投資が削られる負のループに陥ります。
さらに、管理職の判断基準が統一されていない企業では、部下の成長機会が部門ごとに大きく異なります。ある部門では挑戦機会が与えられ、別の部門では失敗が許容されず、経験の幅が広がらないということがあります。人材の成長速度のバラつきは、事業成長のばらつきそのものです。
学習が成果に転換しない「経営構造の盲点」
問題は、個人の能力や意欲ではありません。組織に「学習が成果に転換される構造」が存在しないことです。多くの企業が誤解しているのは、「育成を強化する=研修を増やす」という発想です。しかし、研修は「構造」ではなく「刺激」にすぎません。構造とは、日常業務において学習→実践→振り返り→改善のサイクルが自然に回る状態を指しています。
また、経営者自身の「判断構造」にも見えないバイアスがあります。例えば、「現場が混乱するリスクを避けるため、若手に権限を与えない」「時間がかかる育成より、即戦力採用を優先する」「個々の成功体験に依存し、再現性の設計を後回しにする」などです。
一見、合理的に見える判断ですが、長期的な視点から捉えれば、組織が「学習する能力」を失うという最も深刻なダメージを残します。それは、「組織が学習できなければ、人材は育たない。人材が育たなければ、事業は再現性を失う。再現性を失えば、企業は成長の天井にぶつかる。」という悪循環から抜け出せなくなることを意味します。
育成とは、「人を育てる活動」ではなく、「組織が成長し続ける構造をつくる経営行為」です。
経営者がつくるべき3つの回路
育成の構造をつくるためには、「業務」と「学習」を同じ階層に置くという発想の転換が必要です。つまり、育成とは業務の付属物ではなく、業務を通じて能力を高めるための「意図的な設計」であると認識を改めることです。
第1に、経営者が「育成に投資する理由」を組織全体に明確に提示します。採用力の低下が続く今、社内における育成の再現性は競争力そのものです。育成はコストではなく、育成は「企業の粗利率を守るための必須投資」であると判別することです。
第2に、育成を「プロセス」として再設計します。属人的OJTから脱却し、必須スキル・判断基準・学習ステップを見える化することで、誰が育てても成果が一定になる構造をつくることです。これは教育制度の導入ではなく、現場の暗黙知を経営資源へ転換する作業です。
最後に、学習した内容を現場に「戻す仕組み」を整えることが欠かせません。振り返り・レビュー・課題設定のリズムを組織に埋め込み、学習と実務が連動する仕組みを定着させることです。育成とはイベントではなく、組織の習慣として設計し直すことが必要不可欠です。
人材が育つかどうかは、個々の能力や意欲よりも、組織が持つ育成構造によって大きく左右されます。新しい技術が次々と登場する昨今、学習の速度が競争優位を決定づける時代です。まずは「自社の育成が偶然に依存していないか」を棚卸ししてみてください。構造を変えることは、企業が未来に投資する最も確実な方法です。
あなたの会社の人材が育つ仕組みは、誰が・どのように設計したものですか。

