第148号:昇格した瞬間に迷走する人材の裏側

“優秀だったはずの人材”がなぜ崩れるのか
「彼なら次の幹部になれる」と期待された人材が、昇格後に急速に勢いを失い、判断が鈍り、部下との関係までぎくしゃくしてしまうことがあります。現場では高い成果を出し、周囲からの信頼も厚かった人材が、管理職になると途端に安定感を失ってしまう。この現象に、経営者の多くが説明のつかない違和感を抱いています。
現場の成功パターンが、そのまま限界になる理由
多くの企業には、「現場で成果を出せる人材=幹部候補」という認識が根強く存在します。たしかに現場での活躍はわかりやすく、安心感もあるため、次の管理職として抜擢したくなるのは自然のことです。
しかし、この発想には大きな落とし穴があります。現場で成果を出す人材は、自ら動き、専門性とスピードで価値を生み出すことに優れています。そのため、「自分が動けば成果が出る」「判断は自分の中で完結する」「他者を待つより、自分でやったほうが早い」という習慣が身についていることがあります。
ところが、管理職・幹部の役割はまったく異なります。幹部に求められるのは、自分が動くことではなく、「他者が動ける条件を設計すること」です。「意思決定の基準」「関係性の調整」「仕組みの設計」「優先順位の提示」など、間接的な要素によって生まれていきます。
本質は“価値創出モデルの断絶”と“経営者心理の影”にある
幹部候補が失速する本質は、能力の限界でも性格の問題でもありません。本質は、価値つくりの方転換に失敗していることにあります。そしてその背後には、経営者自身の心理構造が深く影響しています。
現場の成功モデルは、「自分が動けば動くほど価値が生まれる」という構造です。一方、幹部の成功モデルは、「他者が動ける環境を整えるほど価値が生まれる」というまったく逆の構造です。
これは、単なる役割の変化ではなく、価値創造のロジックそのものが非連続的に切り替わる現象です。「成功体験の転用が制度疲労を引き起こす構造現象」と言えます。
さらに深い問題は、経営者自身の心理が、この構造を無意識に再生産していることです。経営者は多くの場合、二つの相反する感情を同時に抱えています。
①「できる人に任せたい」という期待
「現場で実績がある人なら管理もできるはずだ」という期待です。
②「育成に時間とコストをかけられない」という不安
人手不足や多忙、時間の制約から、育成の設計に踏み込めない不安です。
この期待と不安の同時存在が、「育成する前提ではなく、できる人をそのまま幹部にする」という制度的なバイアスを生みます。
これが、失速の最大の温床です。
“育成”ではなく“価値創出モデルの再設計”する
幹部候補の失速を止めるには、育成研修や個人努力では不十分です。必要なのは、価値を生み出す思考を組織として設計することです。
1. 幹部の成果定義を明確にする
現場の成果(スピード・専門性)ではなく、幹部の成果(条件設計・関係調整・意思決定基準づくり)を言語化する。
2. 段階的な“委譲の実験場”をつくる
いきなり部門全体を任せるのではなく、小さなプロジェクト単位で委譲を実験し、判断の癖や認知構造をレビューする。
3.経営者が“判断の背景”を共有する
正解を教えるのではなく、なぜその判断をしたのか、何を優先したのかという意思決定の条件を共有する。
幹部育成とは、“価値のつくり方”を変えることである
幹部候補と期待されてきた社員の失速は、「現場型の成功パターンを捨てられない」「部下に任せられず、自分で抱え込む」「判断が遅くなる」「チームの成果が落ちる」「経営者の期待が薄れ、孤立する」ということです。幹部社員としての成功を望むには、役割だけ変えただけでは期待通りの結果を得ることは難しいでしょう。まずは、あなたの会社における幹部の成果とは何かを定義することからスタートしてください。
幹部候補に求める役割と、実際に与えている環境は、本当に一致していますか?

