第150号:仕事だけをさせても人は育たない組織

経営者が感じている違和感
人がなかなか育たないと感じたとき、多くの経営者は「まだ経験が足りないのだろう」と考えてしまいがちです。仕事を任せ、数をこなせば自然と力はついてくると、信じて組織を回している企業は少なくありません。
ところが、経験年数を重ねても、判断を任せられる人が増えない会社があります。業務は回り、手順も理解していても、想定外の出来事が起きると、経営者の決定を待つばかりです。このような状況が続くと、組織は硬直化していきます。
今一度、視点を考えてみませんか。社員が育たない原因は、本当に本人の能力や意欲が原因なのか。もしかすると、日々与えている仕事そのものが、「考える力」や「判断力」を奪っている可能性はないでしょうか。
構造的な背景と失敗パターン
人が育たない組織を観察すると、特定の業種や規模に限らず、共通点が見えてきます。多くの企業では、早く、正確に、ミスなくこなす人が「できる人」とされ、判断や試行錯誤を後回しにする傾向があります。その結果、社員は「正解を外さないこと」に最適化されます。
確かに、これは短期的には効率的ですが、長期的には組織の思考力を奪っていくことになります。さらに問題なのは、仕事が細かく分解・標準化されるほど、個々の業務から全体像が見えなくなることです。自分の作業が、どの判断につながり、どんな価値を生んでいるのかが分からない。
これでは、経験年数は増えても、判断の引き出しは増えにくく、結果として、「長くいるが、任せられない人材」が蓄積されることになります。この状態が続くと、想定外の出来事が起きるたびに確認が増え、判断は上に集まり、最終的には経営者が細部まで決めるようになってしまいます。
経営者は「自分が決めたほうが早い」と感じ、社員は「決めないほうが安全だ」と学習する。この相互作用が、社長依存の構造を強化していくこととなります。
経営判断の歪み
人が育たない原因を、仕事量や社員の姿勢に求めている限り、この問題は解消されない。多くの組織で起きているのは「育成の失敗」ではなく、「育成が起こらない構造の固定化」だからだ。
経営者は効率を重視して仕事を設計します。ミスを減らし、再現性を高め、誰がやっても一定の成果が出るようにする。その判断自体は正しい。だがその過程で、「考える工程」や「判断の揺らぎ」が、意図せず排除されてしまいます。
判断が不要な仕事では、人は作業者としては成長しますが、担い手にはなりません。考えなくても成立する環境では、考えないことが最適解として定着していきます。そのため、現場は回るが、組織としての世の中の実態と即した対応をしていく知恵を集積していくことが難しくなります。
仕事を育成装置に変える発想
多くの人が「仕事が人を育てること」を知っています。それを実現させるには、仕事に含まれる「考える」ことに対する扱いを変えていくことです。重要なのは、どこで、何を、誰が「考える」のかを明示していくことです。考える基準を明確にし、結論を導き出していく過程を振り返ることです。
これは、社員にとって「仕事の意味」が大きく変わることです。もちろん、管理職や経営者の役割も変わります。正解を与える人から、問いを投げる人になるのです。「どう思うか」「他に選択肢はあるか」と問うことで、社員は初めて思考を使い始めます。時間はかかりますが、その積み重ねが組織の判断力を底上げしていきます。
気づきが組織を変えた瞬間
ある企業の社員の話です。「自分で考えて失敗するより、上司や先輩のいう事を聞いている方が安全」だと話していました。彼らの先輩は、上司への報告と確認は上手ですが、仕事そのものに対する評価眼は全くもっていませんでした。
上司も「上司の上司」に相談するという連鎖を生み出していました。決められない典型的な会社です。人は仕事を通じて育ちます。しかしそれは、仕事を与えれば自然に起きる現象ではありません。育つのは、考える余地と判断の責任が含まれた仕事を与えるからです。
あなたの会社で、「仕事」は本当に人を育てる設計になっていますか。

